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船坂住民数珠つなぎ 武山アキさん

20150315船新記事(数珠つなぎ武山アキさん)画像データ 加工

数珠つなぎでは、自宅にお邪魔して話をお聞きすることがたまにあります。今回、9班の武山アキさんのご自宅にお邪魔したとき、小柄なアキさんはお部屋に可愛らしく”ちょこん”と鎮座ましましてらっしゃいました(^_^)

―アキさんの出身はどちらですか。

ア)生まれは鹿児島県の徳之島なんです。うんと若い時分に結婚して子どもも1人いたとき姉が亡くなってしまってね。小学校3年生を筆頭に姉の子どもを3人引き取ることになって、10代にして一気に4人の母親になったんよ(笑)。

―それは大変ですねぇ。

ア)大変なのはまだまだこれからよ。主人は先に大阪で鉄工関係の仕事をしてたから、19歳の時に子ども全員連れて船で十数時間かけて大阪にでてきて暮らし始めたのに、20歳の頃、私が胸をわずらってしまって3年間も入院。でも、田舎者で薬なんて飲んだことなかったのが良かったんやろね。”薬がものすごくよく効いたからあんたは助かったんやで”とお医者さんがよく言ってたわ(笑)。

―船坂にくるまではどちらに住まれてたんですか。

ア)神戸市内や宝塚。主人の腕がよかったのか、あちこちから仕事に誘われて、そのたびに引っ越してました。子ども達は転校が多くて申し訳なかったんやけど、それでも行く先々でお世話になった人たちや知り合った人たちがみんないい人でね。今でもまだ、多くの人たちとお付き合いさせてもらっていて、うちに集まって遊んだりしてます。だから、その人たちはうちの家を”武山喫茶”って呼んでるんよ(笑)。

―アキさんは喫茶のママさんなんですね(笑)。船坂にはいつ来られたんですか?

ア)昭和50年頃でした。その時には子どもたちも大きくなって、総勢16人がこの家に住んでいて、とても賑やかだったですね。主人は動物が好きだったんですけど、ここに来て土地が広くなったからか、動物をたくさん飼いはじめてね。猪・鹿・チャボ・七面鳥・犬・猫・ウサギ等々。餌の世話だけでも大変でした。養鶏場でもないのにチャボや七面鳥は各100羽以上いましたよ。だから主人のことを”船坂のムツゴロウ”って呼ぶ人もおったよ(笑)。

―何か好きなことはありますか?

ア)スポーツはしないけど見るのが大好き。野球・サッカー・大相撲なんか、テレビで見だしたら集中してしもて、人から話しかけられても返事をしない。それで娘に怒られたこともあります(苦笑)。あと、たくさん飼ってた動物も今は、猫の”クロ”だけになったけど、この猫は亡くなった主人が”ワシがおらんようになったら寂しいやろうから”と言って飼ってくれた猫なんよ。だからこの”クロ”ちゃんとの生活をこれからも楽しんでいきたいと思ってます。

(インタビュアー:中西学)


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