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Vol.10 清水谷古道夜話

10『清水谷古道夜話』

今は亡き古老から聞いた話です。
古老がまだ子供であった頃、夜になると、おじいさんが煙管の雁首でいろりばたを叩きながら、色々な昔の話をしてくれたそうです。

『西宮へ越える船坂峠の八合目位に清水の涌く水飲み場があってな。船坂側は「清水谷」西宮側は「こぐら」と呼んでおったんじゃ。旅人はそこで一休みするのが常であったんじゃ。近くにな、いたずらきつねがおってな、旅人によくいたずらをしたということじゃ。ある時、村人が西宮へ行って魚の干物を買っての帰り、一休みしていたら、ゴロゴロというて上から大きな石が転がってくるような大きな音がする。おかしいなと思うのだがゴロゴロという音は止まない、待っていても何にも起こらない。そこで、魚の干物を一匹放ってやって、「悪さをしなよ、ここに一匹おいとくさかい悪さをするなよ」といったらゴロゴロ、ゴロゴロが止まったとよ』。

次の晩『昔、「まったけもち」といってな、“よせや”が各家でとれたまったけをまとめて西宮へ売りに行っていたんだよ。ある時、いつものように一休みしてから、そのまったけ篭を背負って上へあがりかけたら、オーイオーイと下から呼ぶ声がする。上の辻迄行って待とうと思い、こちらもオーイオーイと言いながら登っていった。上の辻に上がって待っていても来ない。オーイ早よう上がって来いといっても声がしない。しばらくすると、前の山でゴウーと火が燃える気配がする。そこで煙草を吸いながら、「何もやるものがない、背負っているのはまったけやぞ、欲しくもなかろう」というとザワザワと音がして、全く静かになったそうな。まったけならどこにでも生えておるのじゃからなの。』

雨の降る夜更けは、『西宮の十日戎を参拝しての帰りのことじゃった。大きな塩ざけをかついで帰る途中、きれいな娘と一緒になった。水飲み場で一休みをし、その娘とさよならをした。サァーテと塩ざけを持ち上げてみると軽い。アレッと見てみると包んであった藁しかない。狐が娘に化けて取ったのではないかということになった。それからこの水飲み場で一休みすると、中味がなくなるという噂がたつようになったんじゃよ』。

欠けたお茶碗でお茶を飲みながら、『こんな話も、あるだよ。水飲み場で弁当を食べ、水を飲むと腹が一杯になっている筈なのに、腹が減って動けなくなったり、腰をくくりつけられたようになって立てなくなったりするんだ。ある人が、疲れがでて、いねむりをしたら、夢をみた。夢の中でひどい傷を受けた侍が男の着物の裾をつかんでなにか食わせてくれ、助けてくれと頼む。男は助けて上げたいが食べてしまって何も残っていない。お気の毒になぁといっても侍の引く手はますます強くなる。男は恐ろしさのあまり大声をあげながら手足をばたばたさせて夢からさめた。男はあまりにも不思議な夢でしたので人に話さずにはおれんかった。この話を聞いた村人は「ひだる坊」がとりついたのだと言いました。それはな、昔戦いに負けた侍が逃げてきたが、怪我もし、ひもじさもあったのじゃろう、この辺で一歩も進めなくなったのじゃ。旅人に声をかけても誰一人助けてくれる者もなく、故郷で帰りを待ちわびている妻や子供に心を残しながら、息たえてしまったのじゃ。村人はねんごろに葬ってやったのじゃが、やはり故郷が気掛かりとみえて、その霊が飯を食わしてくれといって峠を通る旅人に、時々食べ物を求めて、でてくるのじゃ。村人はこのたましいを「ひだる坊とか、ひだりぼ」と呼び、そのたましいがとりついだのだと言っていた。「ひだるい」とは、この地方の方言で「ひもじい空腹状態」を言うんじゃよ。だから、全部食べないでちょっと残しておくんだ。もし、動けなくなったら、三粒食べて残りは撒くとよいと言われ、必ず残しておったものだ。又峠で苦しんでいる旅人を見かけると弁当を分けてやったり、介抱をしてやったりしたもんだ。木の葉にご飯を盛り、小高いところにそっとおいたりもした』。

最近はおじいさんが、このような昔話を孫に話す団らんの場が減っているようです。
(挿絵:橋本舞香)


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