皆さんの善意だけで成り立ってるこの企画も今回で50回目。本当にありがたいことでございます<(_ _)>。節目の今回は5・10班近くにお住まいの有原孝行さん。ピザの”CHIKUWA”さんは、有原さんの娘夫婦がされているとのこと。68歳とはとても見えない有原さんの容姿とパワフルさにはビックリしました(^▽^)/スゴイー♪
-お生まれはどちらですか?
有)尼崎の立花です。そこで20歳まで暮らしていて、東京に出て楽器店に勤務。32歳で独立しようと関西に戻ってきて大阪のアメリカ村で「トップ・ザ・ギター(TOP THE GUITAR)」という店を36年前に設けました。代替わりしましたが今でもその店は営業してます。
-移り変わりが激しいアメ村でずっと続いてるのはすごいですね。そういえば有原さんはクラシック・ギターを弾かれるんですよね?
有)オープン時はエレキギター専門店やったんやけどね。しかもロックは全然興味なかったのに(苦笑)。
-えっ? そうなんですか(驚)?
有)ビートルズとかストーンズとかクラプトンとか僕、全然知らんもん(笑)。でも、楽器から奏でられる音の良し悪しだけは判るんです。だからエレキギターは有名ブランドから無名のものまで、ぼちぼちの値段から100万以上のものまで色々あるけど、それぞれの音色というか音そのものにこだわることが大切やと来てくれたお客さんに説明してました。当初10年間は本当に苦しくてやっていかれへん思たけど、そうやって話を聞いてくれたお客さんの口コミが徐々に広がっていって、そこからは何とかやっていけました。この前、昔のお客さんで、今はミュージシャンで活動してる人たちが東京で僕の慰労会を開いてくれたんですよ。これは本当に嬉しかったですねぇ。
-船坂に移られたのはいつ頃ですか?
有)東京から最初は宝塚に移りました。4年ほどいましたが、奥さんが山歩きとかアクティブなことが好きで、蓬莱峡とか子ども連れて遊びに行ってたんですね。で、船坂のことを知って、自然の多いところで住みたいとなって引っ越してきました。船坂にきて32年になりますが、最初は7班に住んでましたが、そこから今のところに移りました。大阪まで車通勤だったので私は不便は感じなかったけど、子どもたちは大変やったかも(苦笑)。大阪に比べて気温は3度違うので夏は過ごしやすい。そのかわり冬は寒いけど大阪より湿気が多いので、体感でいえば大阪のほうが寒く感じます。僕は船坂の冬を”あったかい冬”って言ってるんやけどね(笑)。
-クラシック・ギターを始められたのは最近ですか?
有)若い時に少しやってましたが、本格的にしだしたのは店を引退してから。毎日3時間の練習をずっと続けてます。船坂の中でボランティアでギター演奏していきたいなぁと思ってるんですよ。クラシック・ギターって何か難しくて堅苦しいイメージがありますが、全然そんなことはなくて、かしこまることなく”ちょっと聞いてみたろか”いう気軽な気持ちで楽しめるもんなんです。眠たなったら眠ってもうて全然かまへんのですから(笑)。
(インタビュアー 中西 学)