今回は6隣保の亥角智行さんからお話をお聞きしました。仕事多忙のなかご協力いただいて、職場にお邪魔し通常より短時間でのインタビューとなりました。上手くまとめられたかどうかちょと不安です…(;^_^。
-何か趣味はお持ちですか?
亥)西宮高原ゴルフ倶楽部の支配人をしていまして、趣味もやっぱりゴルフですね。スコアはおおむね80台で、 船坂ターフの会(地元船坂のゴルフコンペ)幹事を10年間やっています。
-亥角さんも船坂生まれですよね?
亥)そうです。それに今まで船坂以外で暮らしたこともないんです。私たちの時代は、幼稚園は生瀬幼稚園でバス通園していました。当時は運転手さんの他に車掌さんもいたのを覚えています。船小時代は自然の中で駆けずり回って遊んでました。夏は学校のプールが使える日はほぼ皆勤でプールで遊んでました。山口中学ではサッカー部に入って自転車通学でしたね。冬場は寒くて、髪を少し濡らしたまま学校に行ったら髪の毛が凍っていたこともありましたよ(笑)。
-高校はどちらに?
亥)県立西宮高校で、野球部の部活に明け暮れていました。この時はバス・電車通学でしたけど、バスが1時間に1本なので、とにかくバスにあわせるしかない行動が嫌でしたね。目的地にすごく速い時間にしか行けなかったり、発車までの待ち時間を無理矢理つぶしたりの「船坂あるある」が。大学は大阪南部の桃山学院大学でしたけど、その時は自動車で通学してました。
-交通の不便さが嫌で、西宮高原ゴルフ場に就職されたんですか?
亥)いや。初就職は六甲カントリー倶楽部です。でもまぁ場所が金仙寺で近いのが決め手だったんですけど(笑)。そこで初めてゴルフをはじめました。ゴルフが身近になると、どうしてもしたくなるんですよね。最初からゴルフセット一式買いましたが、はじめは当然まっすぐ飛びません(苦笑)。それから倶楽部の練習場で毎日熱心に練習しましたね。
-主にどんな仕事をされてましたか?
亥)コンペの企画・営業の仕事でしたが、もう何でもやりましたね。フロントの接客応対・苦情処理・レストランのグラス吹き・コースの雪かき等々、ゴルフ場で起きることの全てに関わってました。5年ほどして淡河町のロータリーゴルフ倶楽部へ転勤しましたが、31歳頃に西宮高原ゴルフ倶楽部に転職。支配人になってからは不慣れなコンペ司会もこなしています。月1回、支配人会でいろんなゴルフ場を訪ねますが、全てが参考になって毎日勉強ですね。ただ、仕事と休みの区分があいまいなので、家族にずっと迷惑かけているのは本当に申し訳なく思っています。
-船坂に何か思うことはありますか?
亥)隣保長をしていますが、高齢化でとにかく隣保長の業務をできる人が少ない。船坂に若い人が増えてほしい・増やすべきだと、実体験で切に感じています。
(インタビュアー:中西 学)