4.寒天づくりの工程 (文:宮本 守)
寒天は、次のような6つの工程を経て完成させます。
(1)さらし(天草の洗滌) (2)天草の煮沸
(3)しぼり(寒天液をしぼる) (4)かいこし(寒天液を小槽(ふね)に移す)
(5)てん出し(トコロテンを干場に出す) (6)凍結、乾燥(夜間凍結・昼間氷解、乾燥)
(1)さらし
寒天づくりの最初の工程は、天草の洗滌です。天草には海の泥が付着しているので、川の水できれいに洗います。この仕事を“さらし作業”と云って若い初心者の仕事になっていました。さらし作業は、手がかじかみ霜焼けのする冬場の冷たい仕事でした。
<さらし唄>
思うて下され十五や六で
寒い天ばの草さらしョー(草さらし:天草の洗滌)
若い職人さんが云っていました、寒天屋の仕事が辛抱出来ないような腰抜けでは、お嫁さんの来てが無いんだよと。
未来の可愛いお嫁さんを夢見て頑張っていたのでしょう。
(2)天草の煮沸
釜に湯が沸騰したら天草入れて、寒天液がよく溶出するように硫酸を少量入れます。
天草はよく煮沸できるように、撹拌棒を用いてよく撹拌します。天草の煮沸は一番重要な仕事で、「棟梁」の指揮の下で行われます。
(3)しぼり
釜1基に大槽(だいぶね)1基が据えられています。大槽(だいぶね)の上方にある「しぼり枠」にしぼり袋を敷き、煮沸した天草をしぼります。「しぼり枠」には、押し蓋をして、しぼり棒におもりを付けて押ししぼります。寒天の煮汁を一滴でも多くしぼる力のいる仕事です。しぼり汁が少ないと棟梁よりこっぴどくしぼられることになります。
<しぼり唄>
しぼりゃすれどもョー しるためしぼり
汁は足らいで身をしぼるョー
(4)かいこし
しぼられた大槽(だいぶね)の寒天溶液は、杓で、「かいこし」と呼ばれる容器に汲み取り、作業場に並べられた長方形の小槽(ふね)に注ぎ込みます。「かいこし」作業は、大槽(だいぶね)一つに三人がかりです。くむ人一人、かいこし二人、作業も容器も同じ呼び名です。
この作業は、寒天溶液の入った重い「かいこし」容器を抱え持って、液が冷めないうちに駆け足で敏速に、寒天溶液を小槽(ふね)に移して行きます。若い職人さんが鉢巻を締め、気合を入れて行うきつい仕事です。
<かいこし唄>
おかいこしでもョー 辛抱なされ
末は棟梁さんとなるわいなョー
(おかいこし:下働きの人)
(5)てん出し
小槽(ふね)でさませて固まらせた寒天液は、小槽(ふね)の中で「てん筒」に入れる大きさに裁ちきります。これを「裁(た)ち」と云います。
トコロテンの入った小槽(ふね)を干場(天場)に運び出し、「裁(た)ち」の終わったトコロテンをよしずの上に、「てん筒」を用いて突き出します。きれいに伸びた状態で突き出すのには、技術が必要です。この作業を「筒ひき」と云います「筒ひき」されたトコロテンは手で押さえて同じ厚さで、よしず一面に広げられます。
この作業を「たたき」と云います。これらの作業を総称したのが「てん出し」です。
(6)凍結・乾燥
干場に広げられたトコロテンは、夜間、温度計を見ながら温度が氷点下(0℃)にさがるのを待ちます。氷点下(0℃)にさがると、トコロテンの表面に氷の粉末をまいて一気に凍らせます。氷の粉末は、大きな氷を抱え持って、ノコギリ鎌で氷を削って撒きます。この作業を凍て取り(いてとり)と云います。
薄褐色のトコロテンは、夜間は凍結、昼間は氷解の工程を繰り返して乾燥していくうちに、透き通るような、真っ白な、艶のある寒天に生まれ変わって行きます。凍結したトコロテンは、約2週間程かかって乾燥した寒天になります。
「てん出し」・「凍て取り」・「乾燥」これ等干場での一連の作業は、釜脇さんの指揮で行われます。
〇『ボケた寒天』
寒天にもボケがあります。天然の細寒天づくりの中で、一番辛くて神経を使う大変な仕事は、「凍て取り(いてとり)」作業です。気温が氷点下(0℃)になった時、トコロテンの表面に氷の粉末をまいて表面から一気に凍らせます。この作業が遅れるとトコロテンは芯の部分から凍り、組織が破壊されてしまって、見た目の悪いスポンジ状の寒天になってしまいます。
この寒天を『ボケた寒天』と言い、ときどき『ボケた寒天』ができます。棟梁さんが「このボケが!」と怒る姿が目に浮かびます。
〇憩いの部屋『火床(ひどこ)』
船坂の冬の風物詩だった「寒天干し場」
寒天づくりは冬場の冷たい仕事です。休憩時間に暖を取り、ゆっくり休める部屋が火床です。火床はいつも火が燃えており、仕事の合間に談笑したり昼寝をしたりする憩いの部屋です。身体が冷え切った時、火床に入ると天国に来たような気がします。