てくてく 船坂と行者道 表六甲の行者道は良く知られている。各地に行者堂がある。蓬莱峡(当時は剣山と呼ばれていた)の山の中腹に「役の行者」の3尊石像がある(写真①)。また、下の広場では修験者の「火渡り」の行事が行われており、その目撃者も現存する。写真①大多田橋を過ぎ... 2018.06.10 てくてく投稿景色歴史民話自然
てくてく 船坂民話 “ひだる坊” 余話 船坂に伝わる民話のひとつに、船坂峠に出没する "ひだる坊" の話がある(話の内容は船坂新聞43号、または「やまぐちの里」(山口徳風会刊)を参照いただきたい)。数年前、偶然にテレビ及びラジオで "ひだる坊" なる妖怪が熊野古道に出没することを... 2018.03.11 てくてく投稿歴史民話
てくてく “ふなご”とは… 船坂には、正月4日に善照寺へ薪を一束二握り、戦後から?はお金で500円を奉納する行事があった。この行事もなくなって数年になる。地方によっては"ふなご"と呼ぶ地域もあるが、一般には"ほなが(穂長)"と呼ばれていると広辞苑には載っている。正月、... 2018.01.07 てくてく四季投稿歴史船坂のくらし行事
てくてく 船坂はクリスマスよりしめ縄作り? 一昨年はクリスマス当日、昨年はクリスマスイブの日に山王神社のしめ縄づくりが行われました。鳥居2本に本殿・神殿ほか稲荷と秋葉神社分をあわせ大中小全部で8つのしめ縄が糾われました。神社役員・自治会・稲荷関係者等が朝8時半に神社に集合、全てが完了... 2018.01.07 てくてく四季歴史船坂のくらし行事
てくてく [ネット単独記事] 山王神社改修後の姿 平成29年8月12日(土)の朝、隣保の神社掃除を終えた後、せっかくなので改修後の神社を写真におさめてみました。本殿は補修塗装で外観がかなり綺麗になっておりました。前面柱・欄間等に塗られたうす~い肌色(薄卵色? 薄桜色?)がほどよい色合いとな... 2017.08.13 てくてく景色歴史船坂のくらし
歴史 6 船坂の神社仏閣 (1) 山王神社 「“承応2年(1653年)8月村中ノ人民之ヲ創建ス村社“(船坂村地誌)とあるが、それより以前の 天正年間、播州三木の城主別所長治の宗敬が篤くその祈所であったといわれる。天正初め(1582 年)頃、織田信長が羽柴秀吉に命じて... 2016.07.30 歴史
歴史 5 船坂小学校の変遷 明治6年2月1日(注:船坂小学校沿革誌に記載されている開校年月日) 善照寺本堂を校舎として開校 ※「兵庫県史」及び「西宮市史」によると、船本(船坂)小学校は明治5年12月5日に設立認可されたと記述されている。明治11年6月1回目の校舎移転現... 2016.07.30 歴史
歴史 4 船坂の人口 (1) 明治~昭和時代の船坂の人口 明治17年: 86戸389人。明治30年: 88戸461人。明治40年: 83戸434人。 大正 5年: 88戸534人。大正15年: 93戸573人。昭和 5年: 92戸594人。昭和15年: 88戸6... 2016.07.30 歴史
歴史 3 船坂の集落所属 (1) 江戸幕府の直轄領「元和6年(1620年)12月8日、有馬郡領主有馬玄蕃豊氏は九州久留米に封印され、船坂村は幕 府の直轄領となり、治維新まで続いた。」(山口村誌)(2) 江戸時代の検地 「延宝7年(1679年)8月7日有馬郡船坂村検地... 2016.07.30 歴史
歴史 2 船坂の交通 船坂の県道は、現在、東西方向に県道51号線(有馬~宝塚)が通り、南北方向に県道82号線(西宮~山口町)が通っている。そして、人々は昔から、東西方向に有馬~宝塚を有馬街道を歩き、南北方向に西宮~三田を船坂間道を歩いて往来しており、それらが近代... 2016.07.30 歴史